2016/11/19

"USian" またはアメリカ合衆国人の別の正当な呼び方

"USian"は、アメリカ合衆国 (以下米国) の住人ないし国民、または米国風・米国産という意味で使われる "American" の代替語。発音はユーエシエンとかユージエンとか。

5年あまり前に、ある IRC (Internet Relay Chat:もうだいぶ廃れたオンラインテキストチャットの古い方式) ネットワークのチャンネルで知った。最初ネットスラングと聞いたが Wiktionary によれば紙の本でも用例があるらしい。

共通語として英語を使う人々の中で、米国のものを指すのに American という言葉を使うことに抵抗を感ずる人々が 2000年代から使い出したらしい。というのも米国はアメリカ大陸全体の1/6を占めるに過ぎないのに大陸の名 (だけ) を自ら名乗るのは不都合と言えるからだ。

日本も明治以来関係が深いので、ほとんどの人は彼の国をアメリカとしか呼ばない。しかし当の大陸、とくに中南米の人やスペイン・ポルトガルなど米大陸と歴史的関係の特に深い国々ではそんな呼び方はしない。私は話し言葉でも書き言葉でもことさら「アメリカ」呼ばわりは避けて日本語では米国とか合衆国とか呼んでいる。

しかし米国人らは自分らのことをそう呼びたいし、他国の人にもそう呼んで欲しいらしい。米国製の映画やTVドラマの中では、中南米人のスペイン語の会話で米国人の意味で "americano(s)" という言葉が出るが、不自然というか、ありえない。自分たち自身も "americanos" なんだから。 スペイン語版 Wiktionary の americano の項では、米国人という意味で使うのは "Puede sonar arrogante a otros americanos que no son de Estados Unidos."「米国人以外のアメリカ人にとっては不遜に聞こえうる」と書いてある。米国人をさす場合には "estadounidense" とか "norteamericano" とか "gringo" とか言う。

そういえば、昔のTVシリーズ「コンバット!」でもドイツ兵は "kraut" か "jerry" か "fritz"、フランス人がドイツ兵をさす時は "boche" や "hun"、英国兵は "tomy" や" limey"、だが、シリーズのごく初期に"Ami's"という例があった以外ドイツ兵は米兵のことを必ずご丁寧に"Amerikaner"と言っていた。これも不自然。

米国人には "USian" は不快なようだ。でも自分達だけを指してアメリカンと呼べというのはやっぱり無理だよ。

USian is distracting enough.
What's so bad about 'USian'?

追記: "Other languages, including French, German, Japanese and Russian, use cognates of American to refer to people from the United States while others, particularly Spanish, primarily use terms derived from United States (Spanish: estadounidense, Portuguese: estadunidense; "United States-ian"). "
"Writer H. L. Mencken collected a number of proposals from between 1789 and 1939, finding terms including Columbian, Columbard, Fredonian, Frede, Unisian, United Statesian, Colonican, Appalacian, Usian, Washingtonian, Usonian, Uessian, U-S-ian, Uesican and United Stater." Wikipedia Names for United States citizens より。

2016/10/27

犬用パズル

スウェーデンの Nina Ottosson のパズル、Dog Fighter と Dog Worker を amazon.com から買った。Fighter は難易度レベル2、Worker は3で、後者は amazon.com で扱うN.O.の単品パズルでは最も難しいとされている。

Dog Fighter
Dog Worker


どちらも溝の一端だけがフランジ付きブロックを抜き出せるよう広くなっていて、そこまでブロックをスライドさせないとブロックが取れず、中の餌にもありつけない。ブロックは配置後に上の穴から餌が入れられるよう、またもとは木製だったが簡単に砕けないよう特殊な樹脂製に改良されている。このブロックの補充用は現在のところ amazon.com では扱っておらず、従って壊されないよう監視し、犬が力づくでブロックを抜き取りにかかったらすぐ制止する必要がある (nina-ottosson.com から買えるが安くない) 。

Worker では中央に軽く回転する円盤があってその切り欠き部を溝に合わせないとブロックが取れない。簡単に円盤と切り欠きの役割が理解できるとは思えないが、犬がブロックを鼻で押したりしてブロックが回転するとそれが円盤に伝わるし、無意識に足で円盤を掻いて回したりもするので、簡単に諦めなければ遅かれ取れるようになる。うちの犬は買って十回以内のチャレンジで十分以内に六ヶ所全部取れるようになってしまった。他に四つの単純な穴にぴったり入る木製ブロックも四個あって、これは咥えてまっすぐ引き上げないと抜けない。

Fighter の方にもフランジ付きブロックの抜き取りを妨げるよう短い棒が二本付いており、これを溝の広い方の端に入れると掻き出すのも咥え出すのも難しい。同様にそこに差し込める木製ブロックも二個付いていて難易度を上げられる。

日本のポンポリースも同様なパズルを売っていて、中にはそれなりに難易度の高いものもあるが、スライド式ブロックは紙を積層圧搾して固めたもので壊されやすい。また色を塗ってあるのも衛生上好ましくない。N.O.の一見木製のパズルも本体は集成材だ。

日本ではこうしたパズルやコングのような餌を仕込めるおもちゃを「知育玩具」と称して売っているが、多分そんな名称で売っているのは日本だけだ。正確に言うなら「注意力拘束玩具」だろう。

隠す餌にはドライフードを使っていたが、脂っ気が多いし粉も出がちなので好ましくない。集成材に臭いが染み付く。こないだゴキブリの幼虫が入っていた。鹿肉五膳・馬肉五膳のシリーズはブロックをセットしたあと穴から入れられるし、脂っ気も粉気も少ないので最近はそれを使っている。バランス上からはドライフードが好ましいが。なお、うちの犬のWorkerのスライドブロック6個解除の最新記録は3分20秒程度。

付記: その後2分を割るようになったので使うのはやめた。

2016/10/19

犬運搬車

さちを自転車の籠に載せた始めは、一歳未満の頃に散歩から帰宅した時なにか手を空ける必要があって、どこにも行かないようにさちを抱き上げ、玄関前に停めてあった母の自転車の後部の大きい籠に載せた時だった。座ってじっとしていたので、案外これで遠くまで連れて行けると思いついた。

そのころの私の自転車は世田谷通り北側のユニークな看板で知られたあの店の二代目に頼んだもので普通のママチャリフレームにプラスティックの大きめの前籠が付いていた。しかし前輪にハブダイナモ、後輪に七速遊星変速ギアで回転抵抗が大きく、坂道を漕がずに降りるときどんな整備不良のママチャリにも追い越されるほどだった。おまけに前後泥除けはステンレス製だったし、サークル錠の閂は鉄板を丸めたやつでなく無垢鉄棒だった。これで退屈な帰り道は自転車に牽かせて楽して帰ろうとする犬を引っ張って用賀七条の坂を登るのは結構骨だったので軽い自転車を新調することにした。


初代さち運搬車、後方は小吉君


またしても乗車帰宅

オアシス動物病院のすぐ近くのサイクリングショップ ツバサに行って「10kgの荷物を前籠に積んで川っ縁の石の多い小道を走れるなるべく軽い自転車が欲しい、泥除けは必須で変速ギアは7速で足りる、予算は6万以上10万以内、もっと出せるけど自転車みたいにあっさり盗まれるものにそんなにカネをかけたくないから」と言ったら自転車旅行用のランドナーというタイプのフレームセットにストレートに近いハンドルをつけたものになった。

ランドナーと日本で呼ばれるタイプは戦後フランスで作られていて、日本で人気が出て国産されるようになったもので、その後日本から米国に輸出されて米国でも生産されるようになった。フランスでは既にそのタイプは廃れて作られておらず、ほぼ日本と米国でしか見られないタイプである。ホイールのサイズには幾種類かあるが、日本では旅先の自転車屋で補充がきくよう 650X38A というママチャリ用のタイヤが使える規格のものが最も多い。

店に在庫していた深谷産業の Davos Touring 603 というモデルで、もとは国産だったが一〜二年前に中国生産になったばかり。店主はこちらの体形を一瞥しただけでフレームもクランクも最適のサイズを選んだと後でわかった。クランクは普通に店においている中で最長のサイズだった。見積りは14万を超えたが、フレームに取り付けるボトルケージと空気入れは要らないと言って11万台におさめた。


新調まもないバイクとさち、野川公園で

その後 Topeak のボトルケージを付け、Brooks の革サドルに変えペダルも数回交換しハンドルを二回交換し、もう一回交換する予定。備品もサドルバッグを大小三個、うち一個は多摩川の兵庫島でさちを追いかけまわしている間に中味の工具類ごと盗まれた。

これで野川沿いに調布市の野川公園や小金井市内まで五〜六回、多摩川沿いには関戸橋までさちを連れて行った。本当はスリングやキャリーバッグに入れて小田急線で丹沢に行ったりしたかったが、そういう袋に入ることは猛烈に嫌がるので無理だった。


キャネルの飼い主さんが陸橋付近で撮ってくれた写真

2016/10/10

原発

素人だから原発を全廃すべきかどうかわからない。

昔、電力会社は予定された廃炉を先延ばしにする一方新規の建設は予定通りに進めてきた。理由はそうした方が儲かるからだ。廃炉は途方もない支出を意味する。

原発は本来夜間に需要が落ち込んだ時の最低線 (ベースライン) 発電量を担当し、水力と火力とで昼間の増加分を受け持つ筈だったが、結果として増え過ぎた原発のため発電量がベースラインを超えてしまったので、水力発電所で翌日用に水を汲み上げるだけでは消費しきれず、夜間の出力調整運転という禁じ手に出なければならなかった。これは自動車が混んできた専用道で右に左にと先行車の追い抜きを繰り返すと同じくらい危険な運転方法だ。

一方で夜間電力の安さを宣伝し、風呂釜や給湯器のような製品の開発を促進した。今の日本の産業用以外の電力の使い方は無駄ばかりだ。24時間保温する風呂だの一年中ホッカホッカの便座だのコンビニだの自販機だの……。広い部屋の天井にある照明は全部点けないと気が済まない連中は若い世代にとても多いし。こういうのを欧米並みに合理化できれば原発は需給だけの話ならなくともなんとかなる。

しかし他の発電方式が何かの壁にぶつかった時のために、将来への技術の継承と発展のために稼働原発を一箇所くらい残しておくべきかもしれないし、もしかすると核武装が必要になるかもしれない*。

腹が立つのは福島第一の大事故当時、世間を落ち着かせるためによく報道された、外国のどこかでは自然放射線がこれだけあるとか、飛行機に乗るとこれだけ放射線を浴びるとかいう話だ。外国のごく一部の地方の話はともかく、飛行機で受ける放射線の話は今まで隠してきたのにしゃあしゃあと持ち出したことだ。核武装を標榜するあるブログでは放射線は身体にいいなどと抜かしやがった。

*:2020年2月刊の伊藤貫著「歴史に残る外交三賢人」を読んで考えが変わった。とっくの昔に必要になっている。

よくわかる原子力 電力のつくり過ぎ

2016/08/17

さち その1

さちは神奈川県のブリーダーから譲り受けた。彼らは日本犬保存会のブリーダーで主に柴犬や紀州犬の繁殖と出展を手掛け、仲間うちで繁殖用から除外した仔犬を人づてや一部ネット上で販売するほか、仔犬を譲った先で事情があって飼えなくなった犬やおそらく使わなくなった台雌の里親も不定期にネット上で募集している。私はそれを見てコンタクトをとり、柴犬か紀州犬の成犬で里親が必要な犬を引き取って飼いたいと申し出た。しかしその時はそういう犬はなく、仲間で歳とったから犬を減らしたいと言っていたブリーダーを紹介された。

早速連絡すると次の土曜日に見に来るようにと言ってくれ、結局手放したい成犬はないので繁殖用に残してある三腹分くらいの三ヶ月前後の仔犬たちの中から選ぶことになった。今は気性で選び気をつけて社会化すれば大丈夫じゃないかと思うが、当時は柴犬の雄といえば街で会う他の雄犬にそれが義務であるかのように吠えるという印象だったので、本当は雄が欲しかったが雌を飼うことにしていた。最初に抱き上げたのがさちで、そうされても全く落ち着いていたので、結局母親を見ることも他の仔犬を触ることもせずその犬に決めた。その時生後99日目だった。既に「扇の幸姫」という名で登録され、さっちゃんと呼ばれていた。良い名と思ったのでそのまま家でもさちと呼ぶことにし役所にも「さち」で登録した。

家に来た翌日のさち


玄関の土間にケージを置き、板敷には古い絨毯を敷き詰めた。ケージは前からあった長辺90cmのもので、大きすぎた。朝、ケージの扉を開けようとすると鉄砲玉のような勢いで飛び出してくる。玄関に行くと板敷に跳び上がりそこからケージの屋根に跳び上がり土間に跳び下りることをダンダンダンと繰り返す。餌を入れた食器を持って行くと跳びついて力づくで取ろうとし、マテもへったくれもない。

https://youtu.be/V5PuB7CYUx8

2016/07/21

「豆柴」

日本の都会の住宅事情では犬は同じ犬種でも体格の小さいほど求める人が多く、従って高く売れる。だから人気のある犬種を繁殖する金儲け主義のブリーダーはまた、少しでも小さい犬を作ろうとする。そのため東京では柴犬に限らず、多少とも人気のある犬種では標準よりかなり小さい個体が増えている。

いや、犬種標準に合致しない犬を作って売るからといって金儲け主義とは限らない。良い家庭犬や猟・競技その他の用途の犬の供給を目標とするブリーダーもあるから。しかしまず金儲け主義が多いとみていいと思う。「豆柴」の作出では歴史のあるブリーダーが二軒あり、それらの系統のものなら成犬になったらでかくなったということはないと思うが、露店で売る「大きくならないミニうさぎ」同様のものを売るところがとても多い。

いずれにしろラブやゴールデンやコリーやジャーマンシェパードならまだしも元々小さい犬種でさらに小さい個体を作ろうとすることには無理がある。全体のバランスが崩れるほか、手っ取り早く小さくするために無茶な交配をしたり、別犬種を混ぜているのか気性も違うのを時に見かける。

今飼っている柴犬は雌だし、雌としての標準よりも小さめなのでよく「豆柴ですか」と聞かれる。「豆柴」呼ばわりするからには普通の柴犬はもっと大きいと思っているかもしれない。概して脚が長く大柄な柴系雑種と柴犬を混同しているのかもしれない。しかし前に飼っていた雌の柴犬は体重が14kg以上あったが、それでもまだ「豆柴ですか」という仁がいた。馬鹿ですか?

数年前までは「豆柴ですか」という問いに対しては「そういう犬種はありません」と確答できた。しかし JKC から仲間割れした連中が作った団体が「豆柴」の登録と血統書の発行を始めてしまった。どうしてもその団体(NPO 法人日本社会福祉愛犬協会、NPO が聞いて笑わせら)の名を憶えられないのだが、略称を KCJ と称し、仲間うちや登録犬の飼い主の間では KC と呼ばせている。KC とはイギリスの元祖ケネルクラブのことで、ろくでもない金儲け主義の団体が名乗っていい名前じゃない (JKC だってたくさんあった団体の一つに過ぎなかったのが、いち早く FCI とアフィリエイトして対外的に日本を代表する犬種登録団体みたいな顔をしているだけ) 。

公益社団法人日本犬保存会では元々その団体の登録犬に保存会での予備登録を許していたが、彼らの「豆柴」登録開始の直後の会誌でそれを取消し、絶縁した。「保存会」なのだからそんなものを許容できないのは当たり前だ。

よくよく言っておきますが、むやみに他人の犬を指して「豆柴ですか」と聞くのは、他人の腕時計を指して「どこの露店で買ったか」とか言うに等しい。気分を損ねたくなければやめてください。

「豆柴」についての日本犬保存会の見解 (秋田犬の下)

日本社会福祉愛犬協会に関するyahoo!知恵袋のページ

同上

2016/07/03

猫嫌い

母が猫嫌いだったから子供の頃に猫に間近に接したことがない。大学時代以降猫にふれる機会は時々あったが、好きにはなれない。

街猫は何といって家畜としても野生動物としても半端な存在で、ほとんどの個体は結局人間に依存し切っている癖にいうことは聞かず (人の言葉を色々憶えるだけの知能もないらしいが) 、都合の良い時だけすり寄ってくるからだ。自分で飼っている柴犬もプリミティブな犬種で様々な犬種の中では人間への精神的依存が少なく、したがって中々いうことを聞かず、清潔好きなこともあって猫っぽい犬だが。

石井桃子作「山のトムさん」には、戦後間もない当時に農家で害獣除けに飼われていた猫たちが痩せて目をギラギラさせて畑で鼠などを見張っていたことが描かれている。そういう猫たちは飼い主たちにとりほとんど必須の存在で、与えられた餌以上の仕事を果たしていた。そういう猫たちは今も田舎では仕事をしている。鼠から収穫物や家畜の飼料を守っている。英語圏では farm cat とか barn cat とか呼ばれる。

うちの犬は猫を一緒に遊べる相手とみなしていたが、相手はそうは思ってくれない。若犬時代何度も家から脱走したが、行くところは近所の餌やりをしている家と決まっていた。連れ帰って明るい場所で見ると頬に浅い傷を受けていることが二回ばかりあった。そんなこんなで成猫は恐れるようになった。こけ脅しに猫が1m突進してみせると悲鳴をあげて3m逃げる。

以前は庭に面した軒下に折り畳み式の大きなケージを置いて不在中や忙しい時は犬をそこに入れていた。そうしたとき猫は警戒して庭はさっさと通り過ぎるし、犬も平静にそれを見送っていた。しかしガラス戸の内側に犬がいるときは猫どもは無害安全とみなして図々しく振る舞い、犬も頭にきて追っ払おうとガラスに体当りを繰り返したりする。近所迷惑だが幾ら叱っても呼んでも聞かないので、最近はそうしたとき門扉の閉鎖を確認してから外に出すようにした。すると猛然と猫を追い回し、猫はみな命懸けで逃げる。捕まえたことはないが、殺しても心は全く痛まないだろう。入ってきた方が悪いんだから。

公園などで自分一人の刹那的快楽だけのために餌やりをして野良猫を無意味に増やす人たちは許せない。犬が誤食する気遣いさえなければトレーなどに放置してある猫餌に不凍液を注いで回りたいぐらい。

散歩中に猫を見つけて喜んでいる犬 (ちょっと緊張)
喜ばれている猫