2019/06/28

サンパウロの雨傘

ブラジルのサンパウロ (São Paulo) は標高 800m 近い高台にあり、そのせいで一日のうちに四季があるというほど天気が変わりやすい。他の地方のことは憶えていないが、そのせいかサンパウロではちょっと変わった傘が使われていた。男物は三段たたみの黒い折りたたみ傘で、ハンドルは鷲のくちばしみたいな、あるいは「心」という字の二画目のような形をしていた。材質はプラスチックだろうが、普及品はそれを豚革みたいな型押しをした黒いビニルレザーでくるんで縫い込んであった。高級品は革を使っていたと思う。

女物は形は日本で普通のものと一緒の非折りたたみで、色柄は様々だが地味な色が多かった気がする。特徴はハンドルの元と石突きの元にそれぞれ金属の輪がついていて、両方を薄い細い革ベルトで繋いであった。傘を開きハンドルの先端を前向きに持つと傘の縁から革ベルトが垂れ下がり、緩やかなカーブを描いてハンドルの元に繋がる。これは携帯の便のためで、雨が降りそうな時は革帯を小銃の負い革のように肩に掛けて携帯する。雨が止んだ後傘が乾いたら同様に担ぐようだ。初めてこれを見たのは大学寮であるクルスピ (CRUSP, Conjunto Residencial da Universidade de São Paulo) と時計台のある管理棟 (当時は大時計は盗まれた後だった) との間の広い原っぱを学部研究棟に向かう時で、向こうから来る女性が傘をさしていて、妙なものが顔の前にぶら下がっているので近眼でもあるしつい凝視してしまった。向こうは紐を見ていると思わないでにっこりと微笑みを返した。

サンパウロには起伏が多く、ピニェイロス (Pinheiros) とティエテ (Tietê) という川があるが、どっちも市内では下水道システムの一部になっていて汚く、ピニェイロスときては昔流れていたとは逆方向に、わからないくらいゆっくり流れていた。昔の姿は想像できない。幹線道路は別として側溝のない道路が多い。一見日本の側溝蓋みたいな断面がL字型のコンクリ製品が両サイドに続いているが、しかし下に溝はない。ある日強い雨のなか傘をさして坂を上っていたら、その溝ともいえない浅い溝を水とともにミネラルウォーターの空きPETボトルがすごい勢いで流れて来る。通行人は他にいない。飛沫でズボンを濡らしながら頑張って歩いていたら、ある大きなビルの大きいポーチというか車寄せで何十人という人が雨宿りしていた。そんな雨の中を無理して歩いた方が馬鹿みたいだ。ブラジル人は暇人が多い。学内で立ち話を始めた二人が30分経ってもまだ立ち話をしていたりする。立ち話もなんだから喫茶店へでも、という習慣はないからそういう喫茶店はない (日本人が長く立ち話をしないのは腰が弱いからだという説もある)。

日本では、出先で降られて駅前の洋品店で仕方なく買った安物を除いて、ずーっと自分の傘を自分で選んで買ったことがなかった。たいてい家族の誰が使っていたか判らない物を使っていて、しかも自分専用に使っていても誰かに壊されることが多かった。数年前、アマゾンジャパンで国産の男物の傘を買った。小骨16本で1万数千円した。これに、以前犬に引きずらせる目的で買った手芸用の布テープで石突きとハンドルとを結んでサンパウロ式に使っている。普段は石突き側のループを抜いてハンドルに巻きつけておく。

高校通学で雨に濡れることに慣れ、大学在学中に登山を始めてからは街場で濡れるのは平気になってしまった。いい服は着ていないし、九割以上の人が傘をさす状況で帽子かパーカのフードだけでしのいでいる。だいたい自転車では使えない。だからせっかくの高級傘も梅雨になってから二回しか使っていない。