2019/04/07

クワスを作る試み

クワス (kvass) はロシアやウクライナ周辺の東欧で大昔から飲まれる低アルコールの発酵飲料で、本来はライ麦から作る黒パンの固くなったものから、今では工業的にはライ麦の麦芽 (モルト) を主原料として作られる。PETボトル詰めでも高価な銘柄はライ麦麦芽と甜菜糖を発酵させて作るが、安いものは同様な原料と炭酸ガスで発酵によらず作るようだ。Ochakovskiy のを買ってみてラベルの原材料欄を見ると、"water, sugar, malt concentrate (rye flour, rye and barley malt), east(ママ)"となっている。またウェブサイトでは乳酸菌発酵も行い、パンから作る伝統的クワスの風味に近づけていると。

もっともクワスという言葉の語源はもともと酸っぱいもの、発酵した飲料という意味で、最も普通に意味する黒パンを使ったものは bread kvass などとも呼ばれる。フルーツを一緒に発酵させることもごく普通のようだ。

Kvass brands
様々なブランドのPETボトル詰めクワス

ナポレオンのモスクワ遠征を兵士たちの視点で描いた実録「1812年の雪」で初めて知り、ツルゲーネフの「猟人日記」に繰り返し出てくるので気になって作り始めた。

家庭で作るには何種類か方法がある。
1.スライスした黒パンを小さく切ってトースターで長めに焼いて焦がしたものを水に漬けて砂糖を加えて発酵させる。使う発酵容器の口のサイズによっては往々大きいクルトンぐらいのサイズ。
2.工業的に糖化などと濾過・沈殿を済ませてから透明な茶色いエキスに濃縮したものを買って水で薄めて発酵させる。
3.乾燥させて粉末にした製品を買って湯で溶いて (必要なら砂糖を加えて) 発酵させる。このタイプの製品は製法がよくわからない。

1が最も伝統的な製法で、黒パンはサワードウといって乳酸発酵させた生地を使うので乳酸菌と酵母菌が共に働いている。欧米の都市ではライ麦全粒黒パンが手に入りやすいらしく圧倒的に黒パンで作る場合が多い。しかし日本では身近に作って売る店はほとんどない。アマゾンジャパンで売られているものは送料がかかる。クワスを作るために自分でわざわざパンを焼くのはどうみても間尺に合わない。クワス材料として手を省いたバージョンならありかもしれないが、幾ら検索してもそんな例は見つからない。一度市販のライ麦のクリスプブレッドで作ってみたが失敗だった。ドロドロになってほとんど沈殿せず歩留まりがかなり悪くなった。

そこで日本ではたいていの場合出来上がりの味は本格的とは言えないが2か3の方法で作るしかない。とろっとしたほとんど透明褐色のエキスと粉末のものとでは糖化や濾過など加工の程度が違うと思われる。これを利用して家庭で作る際も黒パンを加えたりする。以下、3の方法で酵母菌発酵で作る方法について述べる。発酵時間は季節にもよるが一昼夜か二昼夜。

最初はアマゾンジャパンでライ麦麦芽加工物と甜菜糖の混合物とイーストのセット (квас домашний、クヴァス・ダマシュニ、domestic/home kvassの意、下の写真、ただし全く同じ言葉を使った別ブランドが複数ある) を買って作り、最初は美味いとは思わなかったものの買った分を作っているうちに要領もよくなり美味しく思えるようになった。ビタミンB群が豊富で、液糖入りの清涼飲料を飲むよりはるかに健康的。レーズン他の果実を入れても風味がよくなるし、気に入らなければ普通の炭酸飲料で割って飲んでもいい。実のところ、そのまんま飲むことはあまりない。手間暇かけたものをすぐ飲み切るのが惜しいから。たいてい炭酸水を20%ほど加えて甘味と風味を10%程度のデカビタCのような清涼飲料で補う。蜂蜜を使うこともあるけど冷い飲み物には容易に混ざらないから、温湯で溶いたものを製氷皿で凍らせて氷代わりに入れたりする。

その後五個入りを二つ注文したが、それでも出来上がり500ccあたりの送料込み費用は84円と、PETボトルの清涼飲料水をスーパーやドラッグストアで安く買うくらいの費用であり、手間暇その他を考えるとかなり高い。容器はありあわせで済んだとしてもだ。国内市場に競合製品も競合輸入元もないから仕方ない。今はもう輸入されていない。前回輸入分は消費期限までに売りきれなかったようだ。

квас домашний
リンク先は輸入元のサイト
楽天でも買えたし、この輸入発売元から直接まとめ買いをする方が安かった。

10リットルのタンクを使った一時期を除き、むかし大学から持ち帰った密栓できる容量3リットル (4リットル近く入る) の褐色ガラス容器 (高速液体クロマトグラフィー用有機溶媒の空き容器) で作る。沸点が35℃と低いジエチルエーテルなどにも使うもので、強炭酸水用 PETボトル以上の耐圧性はある。夏にジエチルエーテル入りの瓶の横腹を指で触るとまもなく触ったところの内側で発泡が始まるくらい。

市販の炭酸飲料やビールと違って澱 (それにたぶん糊状の澱粉) を含むので、同程度の圧力でも開栓時の泡の湧きが急速だ、だからいつまでも密栓状態で室温に置けないし、十分発酵の進んだものは冷やしてから開栓しないと。説明では出来上がりにザルで濾すように書いてあるが、それではレーズンしか濾し取れない。結局炭酸用PETボトルに小さい漏斗を刺して上澄みを注いだ。冷やしたのを PET からコップに注ぐ時にさらに底に溜まった澱を残す。保冷ボトルに入れて密栓し犬の散歩に持っていって開けると動揺で発泡していて開栓時に大きな音がする。

アルコール分はレーズンなどを多めにを加えて少し長く発酵させると1%前後になるようだ (前々世紀の遺物である馬鹿臭い酒税法は製造免許なしでアルコール分1%以上の飲み物を作ることを禁じているが)。 発酵に適した温度は36℃くらいと考えていたが、22-24℃くらいが理想的だそうだ。最初作った時は手持ちの耐圧PETボトルが少なく、空きが出るまで数日置いたため、アルコールが増えすぎた。その後 Wilkinson の炭酸水1リットル入りを沢山買って空き容器を使った。

またブリューランドという会社のサイトで挽き割りのライ麦麦芽を100g単位で買えるので、ここで10リットルの発酵容器をライ麦麦芽やビール用イーストなどと一緒に買った。これで安く沢山作れると思ったら大間違い。クヴァス・ダマシュニの原材料のライ麦麦芽というのは単に麦芽を細かく挽いたものと考えていたが、そうではなかった。ただの挽いた麦芽だと思って同じ重量比の挽き割り麦芽を同様に仕込むと、穀粒を含んだずっと多量の澱が発生する。全粒やその挽き割りでなく麦芽を使うからには麦芽が含む酵素を使ってある程度糖化してあるのだろう。砂糖を加えるところからしても完全な糖化はしていないと思うが。

それでビールの醸造方法を参考にライ麦麦芽の糖化を試みた。穀粒中の澱粉や蛋白質は酵母菌が利用できないので、麦の発芽で生じたプロテアーゼやアミラーゼのような酵素がそれぞれ活発になる温度に麦芽を入れた水を保温し、それぞれ30分ほどかけてアミノ酸と糖に分解させる蛋白休止と糖化 (mashing) というステップを踏まなければならない。そのためには鍋をそのまま漬けられるような大きい恒温槽か無段階調節のできる電熱器のようなものを使うか、さもなきゃレンジを使ってひっきりなしに鍋を上げたり下ろしたりして一時間の間ほとんどつきっきりでいないといけない。ガスなら無段階だからいい火加減を見つければ (必要なら鍋底を少し火から遠ざけたりして) うまく手を省けるかも知れないが、うちのような IH レンジじゃ無理だ。また鍋を浮かしたらアラームが鳴って加熱を切られる。

それからできた麦汁 (ばくじゅう、wort) を濾し (それが一番搾り)、スパージングといって穀粒に温水をかけてできるだけ糖分を回収する。これも台所の道具じゃかなり手間をかけてもあまり回収できない。それを殺菌や残った蛋白質の固化などの目的で一時間ほど煮込んだら、遠心分離で澱をすっかり除く。

Sandor Elix Katz の 「天然発酵の世界 (Wild Fermentation)」の「マッシング:モルトからビールを作る」項目によると、最初70℃程度にした湯にモルトを入れ、調整して50℃になったら20分その温度に保ち、次いで60℃にあげて40分保ち、それからまた71℃に上げて一時間、それから77℃に上げてから濾す、その間20分ごとに温度をチェックして2℃以上下がっていたら温める、と書かれている。濾過とスパージングはざるでやると。これだと最初に湯を用意してから二時間半はかかるだろう。これは8リットルの場合なので、5リットル以下ならずっと頻繁に様子見をして加温しなければならない。3リットルを糖化したときは台所に椅子を持ち込んでレンジのそばで本を読みながらやった。

BIAB (Brew in a bag)という鍋の内側にぴったりするような食品グレードのメッシュ袋の中で糖化してそのまま吊り上げて汁を切る方法がホビイスト向けにあるが、市販ビール並にきれいに濾過できないかぎり数日で消費できる分量しか一度には作れない。澱を含んでいるといくら冷やしてあっても開栓と同時に中身がほとんど吹き出してしまうから (これを防ぐには十分に空間を残して詰め、開栓時には少し緩めて泡がキャップに達する前に締め、数分してからまた緩め、を何度も繰り返さないといけない)。コールドクラッシングといって、氷点近くまで冷やすと沈殿が促進するらしいが、まあ炭酸は諦めてガスが溜まらないような容器で発酵させる手はあるし、本来クワスとはそうした物なんだろうけど。

素人のビール醸造用に各種の材料から作る茶色く透明な濃い糖化済エキスを缶やプラ容器やレトルトパックで売っているが、英語圏で二三銘柄通販しているライ麦モルトエキスと称する賞品は、ある種のビール用なのでライ麦は原材料の20%程度で残りは大麦だ。しかし最近検索していて eBay でロシア製などの粉末状発酵用ミックスが四種類ほど売られているのをみつけた。"kvass wort"で検索すると液状のエキスも見つかる。PET ボトル詰めクワスは"квас"で検索すれば沢山ヒットする。

粉末だと思って Gera GIRA というリトアニア製の紙箱入り製品を買ったら、出来上がり3リットル分の袋入りドロッとしたエキスが三つ入ったものを三箱買って、出来上がり分量あたり先にアマゾンジャパンなどから十個まとめて買った製品と変わらない値段だった。4個買えばもっと安く送料は何個でも無料だ。しかし3リットル当たり砂糖を150gも入れる。ビクトリアで輸入していたものも内容量のほとんどは砂糖だったかも知れない。澱はやっぱり出るがビクトリアで輸入していたものよりはるかに少ない。

KVASS RECIPE
Angelina’s Easy Bread Kvas Recipe
How to Make Kvass

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