2019/04/07

クワスを作る試み

クワス (kvass) はロシアやウクライナ周辺の東欧で大昔から飲まれる低アルコールの発酵飲料で、本来はライ麦から作る黒パンの固くなったものから、今では工業的にはライ麦の麦芽 (モルト) を主原料として作られる。PETボトル詰めでも高価な銘柄はライ麦麦芽と甜菜糖を発酵させて作るが、安いものは同様な原料と炭酸ガスで発酵によらず作るようだ。Ochakovskiy のを買ってみてラベルの原材料欄を見ると、"water, sugar, malt concentrate (rye flour, rye and barley malt), east(ママ)"となっている。またウェブサイトでは乳酸菌発酵も行い、パンから作る伝統的クワスの風味に近づけていると。

もっともクワスという言葉の語源はもともと酸っぱいもの、発酵した飲料という意味で、最も普通に意味する黒パンを使ったものは bread kvass などとも呼ばれる。フルーツを一緒に発酵させることもごく普通のようだ。

Kvass brands
様々なブランドのPETボトル詰めクワス

ナポレオンのモスクワ遠征を兵士たちの視点で描いた実録「1812年の雪」で初めて知り、ツルゲーネフの「猟人日記」に繰り返し出てくるので気になって作り始めた。

家庭で作るには何種類か方法がある。
1.スライスした黒パンを小さく切ってトースターで長めに焼いて焦がしたものを水に漬けて砂糖を加えて発酵させる。使う発酵容器の口のサイズによっては往々大きいクルトンぐらいのサイズ。
2.工業的に糖化などと濾過・沈殿を済ませてから透明な茶色いエキスに濃縮したものを買って水で薄めて発酵させる。
3.乾燥させて粉末にした製品を買って湯で溶いて (必要なら砂糖を加えて) 発酵させる。このタイプの製品は製法がよくわからない。

1が最も伝統的な製法で、黒パンはサワードウといって乳酸発酵させた生地を使うので乳酸菌と酵母菌が共に働いている。欧米の都市ではライ麦全粒黒パンが手に入りやすいらしく圧倒的に黒パンで作る場合が多い。しかし日本では身近に作って売る店はほとんどない。アマゾンジャパンで売られているものは送料がかかる。クワスを作るために自分でわざわざパンを焼くのはどうみても間尺に合わない。クワス材料として手を省いたバージョンならありかもしれないが、幾ら検索してもそんな例は見つからない。一度市販のライ麦のクリスプブレッドで作ってみたが失敗だった。ドロドロになってほとんど沈殿せず歩留まりがかなり悪くなった。

そこで日本ではたいていの場合出来上がりの味は本格的とは言えないが2か3の方法で作るしかない。とろっとしたほとんど透明褐色のエキスと粉末のものとでは糖化や濾過など加工の程度が違うと思われる。これを利用して家庭で作る際も黒パンを加えたりする。以下、3の方法で酵母菌発酵で作る方法について述べる。発酵時間は季節にもよるが一昼夜か二昼夜。

最初はアマゾンジャパンでライ麦麦芽加工物と甜菜糖の混合物とイーストのセット (квас домашний、クヴァス・ダマシュニ、domestic/home kvassの意、下の写真、ただし全く同じ言葉を使った別ブランドが複数ある) を買って作り、最初は美味いとは思わなかったものの買った分を作っているうちに要領もよくなり美味しく思えるようになった。ビタミンB群が豊富で、液糖入りの清涼飲料を飲むよりはるかに健康的。レーズン他の果実を入れても風味がよくなるし、気に入らなければ普通の炭酸飲料で割って飲んでもいい。実のところ、そのまんま飲むことはあまりない。手間暇かけたものをすぐ飲み切るのが惜しいから。たいてい炭酸水を20%ほど加えて甘味と風味を10%程度のデカビタCのような清涼飲料で補う。蜂蜜を使うこともあるけど冷い飲み物には容易に混ざらないから、温湯で溶いたものを製氷皿で凍らせて氷代わりに入れたりする。

その後五個入りを二つ注文したが、それでも出来上がり500ccあたりの送料込み費用は84円と、PETボトルの清涼飲料水をスーパーやドラッグストアで安く買うくらいの費用であり、手間暇その他を考えるとかなり高い。容器はありあわせで済んだとしてもだ。国内市場に競合製品も競合輸入元もないから仕方ない。今はもう輸入されていない。前回輸入分は消費期限までに売りきれなかったようだ。

квас домашний
リンク先は輸入元のサイト
楽天でも買えたし、この輸入発売元から直接まとめ買いをする方が安かった。

10リットルのタンクを使った一時期を除き、むかし大学から持ち帰った密栓できる容量3リットル (4リットル近く入る) の褐色ガラス容器 (高速液体クロマトグラフィー用有機溶媒の空き容器) で作る。沸点が35℃と低いジエチルエーテルなどにも使うもので、強炭酸水用 PETボトル以上の耐圧性はある。夏にジエチルエーテル入りの瓶の横腹を指で触るとまもなく触ったところの内側で発泡が始まるくらい。

市販の炭酸飲料やビールと違って澱 (それにたぶん糊状の澱粉) を含むので、同程度の圧力でも開栓時の泡の湧きが急速だ、だからいつまでも密栓状態で室温に置けないし、十分発酵の進んだものは冷やしてから開栓しないと。説明では出来上がりにザルで濾すように書いてあるが、それではレーズンしか濾し取れない。結局炭酸用PETボトルに小さい漏斗を刺して上澄みを注いだ。冷やしたのを PET からコップに注ぐ時にさらに底に溜まった澱を残す。保冷ボトルに入れて密栓し犬の散歩に持っていって開けると動揺で発泡していて開栓時に大きな音がする。

アルコール分はレーズンなどを多めにを加えて少し長く発酵させると1%前後になるようだ (前々世紀の遺物である馬鹿臭い酒税法は製造免許なしでアルコール分1%以上の飲み物を作ることを禁じているが)。 発酵に適した温度は36℃くらいと考えていたが、22-24℃くらいが理想的だそうだ。最初作った時は手持ちの耐圧PETボトルが少なく、空きが出るまで数日置いたため、アルコールが増えすぎた。その後 Wilkinson の炭酸水1リットル入りを沢山買って空き容器を使った。

またブリューランドという会社のサイトで挽き割りのライ麦麦芽を100g単位で買えるので、ここで10リットルの発酵容器をライ麦麦芽やビール用イーストなどと一緒に買った。これで安く沢山作れると思ったら大間違い。クヴァス・ダマシュニの原材料のライ麦麦芽というのは単に麦芽を細かく挽いたものと考えていたが、そうではなかった。ただの挽いた麦芽だと思って同じ重量比の挽き割り麦芽を同様に仕込むと、穀粒を含んだずっと多量の澱が発生する。全粒やその挽き割りでなく麦芽を使うからには麦芽が含む酵素を使ってある程度糖化してあるのだろう。砂糖を加えるところからしても完全な糖化はしていないと思うが。

それでビールの醸造方法を参考にライ麦麦芽の糖化を試みた。穀粒中の澱粉や蛋白質は酵母菌が利用できないので、麦の発芽で生じたプロテアーゼやアミラーゼのような酵素がそれぞれ活発になる温度に麦芽を入れた水を保温し、それぞれ30分ほどかけてアミノ酸と糖に分解させる蛋白休止と糖化 (mashing) というステップを踏まなければならない。そのためには鍋をそのまま漬けられるような大きい恒温槽か無段階調節のできる電熱器のようなものを使うか、さもなきゃレンジを使ってひっきりなしに鍋を上げたり下ろしたりして一時間の間ほとんどつきっきりでいないといけない。ガスなら無段階だからいい火加減を見つければ (必要なら鍋底を少し火から遠ざけたりして) うまく手を省けるかも知れないが、うちのような IH レンジじゃ無理だ。また鍋を浮かしたらアラームが鳴って加熱を切られる。

それからできた麦汁 (ばくじゅう、wort) を濾し (それが一番搾り)、スパージングといって穀粒に温水をかけてできるだけ糖分を回収する。これも台所の道具じゃかなり手間をかけてもあまり回収できない。それを殺菌や残った蛋白質の固化などの目的で一時間ほど煮込んだら、遠心分離で澱をすっかり除く。

Sandor Elix Katz の 「天然発酵の世界 (Wild Fermentation)」の「マッシング:モルトからビールを作る」項目によると、最初70℃程度にした湯にモルトを入れ、調整して50℃になったら20分その温度に保ち、次いで60℃にあげて40分保ち、それからまた71℃に上げて一時間、それから77℃に上げてから濾す、その間20分ごとに温度をチェックして2℃以上下がっていたら温める、と書かれている。濾過とスパージングはざるでやると。これだと最初に湯を用意してから二時間半はかかるだろう。これは8リットルの場合なので、5リットル以下ならずっと頻繁に様子見をして加温しなければならない。3リットルを糖化したときは台所に椅子を持ち込んでレンジのそばで本を読みながらやった。

BIAB (Brew in a bag)という鍋の内側にぴったりするような食品グレードのメッシュ袋の中で糖化してそのまま吊り上げて汁を切る方法がホビイスト向けにあるが、市販ビール並にきれいに濾過できないかぎり数日で消費できる分量しか一度には作れない。澱を含んでいるといくら冷やしてあっても開栓と同時に中身がほとんど吹き出してしまうから (これを防ぐには十分に空間を残して詰め、開栓時には少し緩めて泡がキャップに達する前に締め、数分してからまた緩め、を何度も繰り返さないといけない)。コールドクラッシングといって、氷点近くまで冷やすと沈殿が促進するらしいが、まあ炭酸は諦めてガスが溜まらないような容器で発酵させる手はあるし、本来クワスとはそうした物なんだろうけど。

素人のビール醸造用に各種の材料から作る茶色く透明な濃い糖化済エキスを缶やプラ容器やレトルトパックで売っているが、英語圏で二三銘柄通販しているライ麦モルトエキスと称する賞品は、ある種のビール用なのでライ麦は原材料の20%程度で残りは大麦だ。しかし最近検索していて eBay でロシア製などの粉末状発酵用ミックスが四種類ほど売られているのをみつけた。"kvass wort"で検索すると液状のエキスも見つかる。PET ボトル詰めクワスは"квас"で検索すれば沢山ヒットする。

粉末だと思って Gera GIRA というリトアニア製の紙箱入り製品を買ったら、出来上がり3リットル分の袋入りドロッとしたエキスが三つ入ったものを三箱買って、出来上がり分量あたり先にアマゾンジャパンなどから十個まとめて買った製品と変わらない値段だった。4個買えばもっと安く送料は何個でも無料だ。しかし3リットル当たり砂糖を150gも入れる。ビクトリアで輸入していたものも内容量のほとんどは砂糖だったかも知れない。澱はやっぱり出るがビクトリアで輸入していたものよりはるかに少ない。

KVASS RECIPE
Angelina’s Easy Bread Kvas Recipe
How to Make Kvass

2019/02/19

フェジョン

ブラジルで毎日ご飯と同じ皿で一緒に食べる、日本でいう味噌汁のような煮豆を作ってみた。

Arroz com feijão

大学寮の食堂で週5日×2食ご飯と一緒にこれを食べた。この食堂のおかずはたいてい固い冷凍牛肉であり、時々フライドチキンやソーセージになる。牛肉は不評で、チキンやソーセージだと皆行こう行こうとなる。私は毎日牛肉が食えるなんてと喜んでいたが。しかし煮豆だけは悪く言う人がいなかった。日本でいう汁気のない煮豆と違って汁が多めで、カレーライスのように食べる。豆はフェジョン (feijão、後ろにアクセント) といっていんげん豆の一種。休日に観光地に行って雨が振り、安ペンションの客の一人が「せっかくの休みが台無しだ」というと親父が「神様のお陰で雨が降るからフェジョンが育つじゃないか」と言っていたくらい主要な食品だ。

ただフェジョンといっても黒いの茶色いの白いの白茶のマーブル模様のと色々ある。黒いのは主に名物料理のフェジョアーダで使う。字義通りにはフェジョンの料理という意味だが、こちらは干し肉や豚のアラを入れた元々は奴隷の食事だったとされる料理だ。すごく脂気と塩気が多いので、主に街の食堂やレストランで水曜日に限定して出される。食べると眠くなるから週一なのらしい。初期の日本移民がブラジルに着いた時これが出された。クタクタに煮た豚の皮をこんにゃくと思い「おや、このこんにゃくには毛が生えている」なんてこともあったらしい。毎日たべる方の煮豆はただフェジョンというか米飯とあわせてフェジョン・コン・アホース (com arroz) という。

最初アマゾンジャパンで缶詰を買って食べてみたが、昔食べたのに比べて肉っ気も香味野菜も少なく満足できなかったので、同様にボリビア産のフェジョン (乾物) を1キロ買った。他に必要なのは玉ねぎとにんにくとローレル (ベイリーフ) をはじめとした香辛料。それに仔牛などの骨か、代用として出来合いのインスタントブイヨンとオリーブオイルと塩。また風味を良くするためのソーセージやベーコン。スプーンで食べるものだから肉などはごく小さく切って入れる。香辛料のどれをどれだけ使うかはレシピによりかなり違う。

豆は夾雑物を取り除き水に一晩浸す。鍋に入れて豆の上6-7cmほど水を入れてローレルを一二枚入れ、骨か何かでだしを取るならそれも入れて蓋をし、50分前後煮る。細かく刻んだにんにくと玉ねぎをオリーブオイルで炒める。七八分通り煮えた豆をスプーンに数杯すくって皿などの上でスプーンでよく押しつぶし、鍋に戻す。炒めた玉ねぎなどを加え、切ったソーセージなどを加えて弱火でもう30-40分ばかり煮る。香味野菜として他にコリアンダー (パクチー) の葉もよく使われる。トマトやバルサミコ酢を少し入れる場合もあるようだ。

ご飯も日本のように炊くのではなく、玉ねぎとにんにくをとても細かく刻んだのを鍋のオリーブオイルで炒めてから洗った米を入れ、水を足して茹でる。だいたいできたら水を調整して蓋をして炊く。面倒なんでブラジルにいるときでも土日に会食がなく一人で缶詰などで食べる時は日本式に炊いていた。当時、ブラジル人は米でも豆でもカップで計らず、テーブルの上に多めにあけて手で大体の量を分けて残りは袋に戻していた。小石とかが入っていたころの名残りらしい。

さて、豆の量はカップで計ったが、水の量は豆が何インチかぶるというのを参考に適当だった。にんにくは瓶詰めの刻みを、ローレルはザワークラウトに使うつもりで買って開封していなかった大缶入り粉末を使い、だしはオーサワの野菜ブイヨンの液状のを使った。ソーセージはシャウエッセンを二本。小さめの玉ねぎを一個刻んでしまったので水に漬けた一食分の豆に対して多すぎ、翌日分としてまた豆を浸した。

一回目は水がやや少なく、豆がきもち固く、塩その他の味がかなり濃かった。時間を食うので次から圧力のかかる電気炊飯器を使おう。

2019/02/14

マサラチャイ

ロイヤルミルクティーってイギリスかインドから来た言葉だとずっと思っていたが、そうではなかった。日本の飲料メーカー、正確には紅茶輸入販売会社がでっち上げたものらしい。英語で検索してもほぼ必ず日本のものと紹介されている。

ロイヤルミルクティー

十数年前、世田谷通り沿いの「スパイスマジック」へラーメン屋にでも行くように週二三度食べに行っていた頃、初めてロイヤルミルクティーを注文すると、ネパール人のコックが自販機で売っているのと違うけど大丈夫?と聞いた。アルミみたいな小鍋でミルクと香辛料を入れて作っていた。ウェブ上のロイヤルミルクティーのレシピにインド風に香辛料を使う記述はないのでマサラチャイというのが正しいんだろう。

いまは自分の家でステンレスの小鍋で水と数種の香辛料とアッサム茶と牛乳とで冬の朝の散歩用に作って、350cc入る真空断熱ボトルに入れて持っていく。家でも時々飲むが、いずれにしてもカップ一杯分 (140-160cc) だけ作るのは手間的に合わないのでその倍以上作る。最初出来合いのチャイマサラミックスを使っていたけど、茶濾しが目詰まりしやすいし、ボトルの底の方が粉っぽくなるしで今は別々に買ったホールの香辛料で作っている。時間がない時は無印良品のインスタントのマサラチャイで作る。

ほとんどのレシピで使っている鉄板香辛料はシナモン (カシア)・カルダモン・クローブの三つで、あとだいたいのレシピでは生姜と黒胡椒は使う。下の動画では黒胡椒を使っていないが、コメント欄で何人もの人が黒胡椒を入れないの?とか忘れているよとか指摘している。他に使われるものに、フェンネルシード、ナツメグ、たまにスターアニス。私は悪い癖で、何かのレシピで使っているのを見た物は何でも入れている。それにヒハツモドキ (ヒバーチ) も。

スパイスのうち、カルダモン・クローブ・生姜・黒胡椒は乳鉢である程度潰す。たぶんスターアニスも。石の乳鉢は内壁に三次元曲面部分が多く垂直部分が少ないデザインだと力を入れて叩き潰すことがしにくい。スパイスが飛び出してしまうから。その場合押し付けるようにして潰さないといけない。

淹れ方は、だいたい出来上がりの半量の水にスパイスを入れて沸かし(沸かしてから入れる人もいる)、それからアッサム茶 (CTCという粒状に丸まったもの) を普通の紅茶よりかなり多めに (倍近くかもっと) いれて一分ないし十分弱火で煮出し、それから最初の水と同じくらいの牛乳と好みの量の砂糖を入れて火を強め、沸騰しかかったら止めて濾す。茶葉より先に砂糖を入れる人もいる。

S&Bによるマサラチャイのレシピ

ほぼ同様な作り方のマサラチャイの動画
これを見てアーモンドミルクでも本格的なものが淹れられると思ったが、それで淹れてみると美味しくない。
別の動画

スパイスマジックは当初オーナーのダルジット・シン氏と日本人の奥さんと二人のネパール人コックがいたが、そのうち他所に新店舗でも出したのかオーナー夫婦は全く姿を見せなくなった。ひと頃オーナーの弟が来ていたが、今は弟とも違うインド人が切り回している。もう全然行かない。

2019/02/02

Martín Fierro (1968)

アルゼンチンのホセ・エルナンデス原作の詩、El Gaucho Martín Fierro (ガウチョのマルティン・フィエロ) とその続編、Vuerta de Martín Fierro (マルティン・フィエロの帰還) を原作とした映画。

El Gaucho Martín Fierro

背景


舞台はアルゼンチンのパンパ地方。この広大でまったいらな平原は土地の肥沃さと充分な降雨量から森林の成長に適していたが、雨季の直前に乾ききった草原に火を放って狩りをする先住民の風習のため森林は消滅していた。そしてヨーロッパ人が牛などの家畜を持ち込んだ結果、家畜が木の芽をかじるため、有毒な樹液など自衛手段を持つものを除き、柵による保護なしに樹木が生育することはさらに不可能だった。そして有刺鉄線の普及までは柵の設置と維持はとても高くついた。ヨーロッパや北米東部では牧柵代わりによく使われた石垣を築くための石もなかった (屠畜場周辺の農場では牛馬のされこうべで垣根を築いていた)。

牛や馬の価格はとても安く、どんなに貧乏なガウチョでも一頭や二頭の馬を持っていた (馬の要らない仕事はなかった) し、牛の群れを輸送する仕事についているガウチョたちが、毎食ごとに一頭の牛を殺さなければ気がすまなかったくらいだ。屠畜場では皮のほか肉と脂肪のごく一部だけを取って残りは廃棄されていた。

ガウチョはアンダルシアほかイベリア半島南部からの古い入植者が先住民や若干の黒人と混血した牧畜民で乗馬が巧みであり、19世紀初期のスペインからの独立戦争では主役であったが、19世紀の終わりには旧時代の遺物のように扱われ辺境へ辺境へと追いやられ、新移民の大波の中で消滅した。原作はこの迫害の中で彼らの名誉を守ろうとしてホセ・エルナンデスにより書かれた。

ほとんどが汽船に乗ってヨーロッパから来た新移民の子孫からなる現アルゼンチン国民は20世紀になってから俄かに彼らを自分たちのアイデンティティとして主張しだした。日本の無知なマスコミは「ガウチョ」を牧童と同じことだと思ってしょっちゅう誤用しているがそれは違う。雇われた牧人や作男を表すにはペオンという言葉があるし、牛飼い (カウボーイ) にはバケーロという言葉がある。またガウチョには富裕な地主たちもいた。

あらすじ


映画は軍隊を脱走したフィエロが荒れ果てて無人の我が家に帰って来たところから始まる。妻子と小さい農園で暮らしていたフィエロはある日酒場にいるところを軍隊の強制徴募にあう。期間は半年という約束だったが、実際には五年や十年の拘束はざらだった。1840年の中央集権主義者と連邦主義者との内戦時に発せられた総動員令で応召したガウチョの中には15年も勤めさせられた者もいた。

昔のアルゼンチンの軍隊生活が描かれる。軍隊の主力は強制徴募されたガウチョで、馬も満足に乗りこなせないイタリアのスラムからの新移民が正規兵として優遇され、ガウチョは危険な戦闘と苦役に長期間従事させられた。彼らに給付される制服は帽子と上衣だけ。腰にはチリパと呼ばれる一枚の布、脚にはボタス・デ・ポトロ (若駒のブーツ) という若駒の脚の皮を使った足先が露出する履物を履き、馬は自弁だった。銃器やサーベルは行き渡らない。固い長い木材が高価だから竹柄の槍、ファコンというガウチョの闘争用の短刀、元々先住民の駝鳥狩り用である三個の金属球か生皮でくるんだ石を皮紐で繋いだボレアドラスという武器を、敵を落馬させるにも打撃にも腕や武器に絡めるのにも使う。つまり先住民の戦士と大して変わらない装備である。捕虜は情報だけ得たら古兵が慰みに苛め殺す。

ガウチョの服装と装備 (ボレアドラスを腰に巻いている)

士官たちは銃弾を横流ししたり給与をごまかしたりして私腹を肥やし、僅かな給与も酒保の親父に天引きされてしまう。給与のことで士官連と揉め、夜酔って帰営した時にイタリア人兵と揉めて厳しい懲罰を食い、嫌気がさして三年目にして脱走して帰宅したが、農場も家畜も売られ妻子は食えなくなって何処かへ流れていったあとだった。自暴自棄になったフィエロは酒場で黒人のカップルをしつこくからかった末、決闘で男を殺してしまう。ヨーロッパでも剣を使った決闘はたいていそうだが、ガウチョにとって決闘は名誉を守る為であって殺すのが目的ではなく、普通は顔を狙う。

そこからフィエロの少年時代の回想になる。多少の資産のあった父が死んで孤児になったフィエロに村長らは、財産は大人になるまで管理してやると言って、手癖の悪いホームレス (映画では壁のある小屋に住んでいるが原作では破れ馬車を家にしていた) の老人に被後見者として押し付ける。原作では色々と独特な処世訓を老人から教え込まれる。

フィエロは、よそでも別の男、顔役の息子を殺してお尋ね者になる。そこから映画は警官クルス軍曹の物語になり、最後は草原で野営中のフィエロを警官隊が囲むが、フィエロの奮闘に感じた警官クルス軍曹が助太刀して警官隊の生き残りは逃走し、二人は夜通し語り合った末、先住民の群れに身を投じようと出発するところで原作本編は終わるが、映画では先住民と暮らす二人やフィエロの息子たち、クルスの息子やフィエロの青年時代と忙しく行き来する。

先住民にも簡単には信用されず厳しい暮らしが続き、結局軍曹は病死し、拐われたガウチョの女性が殺されようとするのを助けて部落を脱出する。ある寄り合いで二人の息子とクルスの息子に偶然出会ったが、一緒に入った居酒屋で最初に殺した黒人の息子に出会う。コントラプントと呼ばれる、二人の男が交互にギターをかき鳴らしながら自分の経験や人生観を題材として即興で詞を掛け合う歌合戦がフィエロと黒人の間で始まる。やがて黒人の父を殺したのがフィエロだと知れるが周囲が止めに入って事なきをえる。四人は集落を立ち去るが、お尋ね者同士一緒にいるわけにいかないと四方向に分かれる。

アニメ版


Martín Fierro

アニメの方は原作によらず映画をさらに部分的にアニメ化したみたいだ。しかし駐屯していた砦と部下とを失ってガウチョの新規徴兵を求める大佐の話は原作にも映画にもない。

日本語訳


玉井禮一郎という方がこの詩を翻訳し出版された。どこかの書店で購入したが、訳者筆頭が大林文彦氏、ついで玉井氏なのでその名で憶えていた。1980年代始めに東北沢駅の近くにあったイスラミックセンター・ジャパンの金曜会で、それからもう一度別のイベントでお目にかかった。その際その本を読んだ事、玉井氏の名前はたしか二番目だったことを言うと、監修してくれたスペイン語文学研究者の大林氏を立てたのだそうだ。

マルティン・フィエロ―パンパスの吟遊ガウチョ

ガウチョに関して読んでみたいと思われる方には、チャールズ・ダーウィンの「ビーグル号航海記」や、ウィリアム・ヘンリー・ハドソンの「遥かな国遠い昔」をおすすめする。

2019/01/26

ジグゾーパズル その1

アフィリンクじゃありませんよ

週刊文春でエッセーを連載している分子生物学者の福岡伸一氏の著書「生物と無生物の間」(やっぱり他誌で連載されたエッセー) を図書館で借りて読んでみた。その中で細胞内の蛋白質の結合のたとえ話に、少し長くジグゾーパズルの話があり、興味を持ってついうっかりアマゾンジャパンで二千ピースのを買ってしまった。二千というと市販されている中でほぼ最大級だ。ただし縦横が普通の半分でピースの厚みも薄いスモールピースというタイプで、フランスの修道院の島モンサンミッシェルの夜景のやつをろくに他の絵柄も検討せずに買い、あと並べかけのパズルをピースを崩さず巻き込んで片付けられるという布を一緒に買った。やりかけで放置したら犬に滅茶苦茶にされそうだ。上に寝そべって掻き掻きするとか。

彼のエッセーを読んで買ったものが他にもある。一昨年の春あたりニューヨークで子供の間で流行っていたというフィジットスピナー (fidget spinner) で日本ではハンドスピナーとか呼ばれている。夏あたり日本でも流行るかもと書いてあり、アマゾンジャパンで検索したら既に色々売られていた。買った動機は母にやらせられるかというものだったが一度も持っていったことがない。

開いてみてすぐ後悔した。ジグゾーパズルなんか百ピース程度のすらほとんどやったことがない。袋に入ったピースは嵩は大したことがないが、小さいから大変な数量だ。とりあえず不織布を敷いた上でピースを選り分けてみた。直線を含む四周にあたるピースから始めるという定石は知っていた。それだけじゃ時間の無駄なので修道院の明かりを含むものを選びだし、色合いによって分けて並べた。

最初は全部を箱に空けて指先でかき回していたが、これもとんだ時間の無駄と気付き、一部だけを箱に空けて探し終わったら別の袋に移すというやり方に変えた。これでもかなり無駄がある。裏返しのピースを表に返して行くが、パズルが入っていた箱の倍くらいの広さの箱があれば、次に別テーマで探す時裏返す手間が要らないし、合わないピース同士噛み合っているのも離して表向きにしておけるからだ。そんなものはないので数回に分けて目的のピースを選り分けた時点でもう根気が尽きて、四周のピースの大ざっぱに二色に分けたのと明かりの入ったものと三つの小さい袋に分けて入れて終いにした。四隅にあたるピースは一個見落としたんだろう三個しか見つからなかった。周囲のピースで繋がるものが幾つかあり、紙の養生テープで繋いで仕舞った。

2018/12/24

Combat! Season 1 Episode 12

子供のころ、親は夜ふかしにもTV視聴にも厳しかったので、TVドラマ「コンバット!」はいつも最後まで見られなかった。よく翌朝父から続きを教えてもらっていた。二回目の放送の時はセコハンのTVを所有していたので放映時間に大学から戻れた時は必ず見ていた。最終回だけフルカラーだったので翌日友人とそのことを話したことを憶えている。ブラジルの寮に住んでいた時もコンバット!の放映 (a にアクセントをおいて「コンバチ」と発音していた) があったが、やたらカラーの回が増えていた。ネット時代になってから YouTube のプレイリストを利用して第一シーズンのエピソード1から第五シーズンの最後まで見たことがある。また最近そうやって見はじめた。S1E12 は可笑しかった。大笑いしてもう一度見返した。以下そのあらすじ。

サンダース分隊のブラドック二等兵はひょんなことからガミガミ屋のクライド大佐の運転手になるが、大佐の乱暴な運転でジープに乗っていて事故に遭い、一人だけドイツ軍の捕虜になる。風邪をひいていて大佐のコートを借りて着てい、大佐のヘルメットを手にしていたため大佐と間違えられる。ジープは川に沈み、大佐の姿はどこにも見られなかった。ブラドックは以前のエピソードにもフランスの民家で入浴するシーンがあったが、今回もシャワーを浴びているときに急に呼び出されたので認識票はじめ身分を証明するものを何も持っていなかった。

最初二等兵だと盛んに主張するが「どちらだか判らないから一応大佐として遇する」と言われてそれ以上抗弁できず、良い食事とコニャックを与えられ、コートのポケットから大佐の葉巻を出してふかし、さらには三人の米兵捕虜の扱いを不満として居丈高に振る舞い言い分を通す。ドイツ軍ではやがて彼の正体がわかって来たが、米軍の捕虜になっていたホフマン大佐と副官との捕虜交換に彼を使おうと考えていた。

連隊では無鉄砲に然るべき護衛なしでジープで前線のあちこちに出かける大佐の行方不明に憂慮していたが、捕虜になった一大佐を双眼鏡で見たという斥候の報告があり、やがて三人の米兵捕虜の一人が捕虜交換の提案を伝えに遣わされて来た。彼をその「大佐」についいて問いただしているとき、当のクライド大佐が額に打ち傷をこしらえて戻ってくる。やがて「大佐」はブラドックだとわかり、大佐は歳格好の似た二人の独兵捕虜にホフマン大佐たちの服を着せて3対2の有利な取引をしようと企んだ。

細い川を挟んで信号弾を交わすと、独兵二人を送り出し、向こうから渡渉してくる三人を急き立てて岸に上げると大急ぎで逃げ出す。重迫撃砲かなにかの砲弾が降り注ぐがまんまと逃げおおせた。将校を装った廉で軍法会議にかけられはしまいかとブラドックが大佐に尋ねると、大佐はそれはどれぐらいうまく大佐として振る舞ったかによると言い、やってみせろと強要する。二等兵は葉巻をくわえてから二人の解放された米兵に早く飯を食わせろと怒鳴り散らしてから大佐に謝ると、それなら軍法会議の心配はないと言われて一件落着。

Combat! S1E12 The Prisoner

第四シーズンまでのプレイリスト

2018/12/17

Cuíca

ブラジルで見た珍しい楽器の一つに Cuíca がある。起源はアフリカか、あるいは近東らしい。弦楽器と打楽器と両方の要素がありどちらでもない変わった楽器だ。しかしサンバほかブラジルの音楽では脇役としてよく使われるので、音を聞いたことのある人は少なくないはずだ。しかしどんな楽器がその音を出しているのか想像つきにくいだろう。

ブラジルにいたあいだ知っていたのは片手でつかめるほどの木の胴の片側に皮を貼り、皮の外側の中央に何かの接着剤を使ってせいぜい10cmくらいの長さの竹ひごを接着したもので、濡れた指や綿を使って竹ひごをこすると面白い音がする。演奏に大したテクニックも必要でなく、高いものでもなかったので是非中級品を一個買って帰りたいと思っていたが買いそびれた。

今調べてみたら、プロが使うようなものは普通のドラムを小型にしたような立派なもので、竹ひご (ロッド?) は内側につけてある。片手で抱え、片手を胴の中に入れてロッドをこするようになっている。検索してもかつて見たような安価な木製のものはヒットしない。

Cuícaの演奏ビデオ